ヒトより賢いネコたち

写真と文で綴る、ネコを溺愛する毎日を紹介します!———ポケネコ本舗

フクとポッケのご対面〜っ!

絵の資料室に隔離されて、がんばったフク。
このときはまだフクという名前ではありませんでした。

まずトイレのしつけです。
ノラの赤ちゃんネコだからと部屋のひと角に、防水シート、新聞紙と重ねて敷き、このチビちゃんのもらしたオシッコを染みこませたネコ砂を入れて、じっくり覚えてもらおうと用意しました。

3時間おきの目薬の時間、部屋に行くと本棚の中に隠れていました。
トイレを見ると最初はその周りで軟便とオシッコ跡。

あるときミルクをあげて、お薬を注射器であげて、目薬をさしていると、このコがあわててトイレに向かってかけていきます。

間に合いませんでした。

お尻がゆるくてタラタラとこぼしながらネコ砂にしゃがんでいました。
頑張ってトイレに向かうのだけど、タラタラこぼしながら走る姿は微笑ましかった。
ここから、最初は「ピッピ」とか「ピッキー」などと呼ぶようになったのです。

フクとポッケのご対面
興味津々!

3日ほどして獣医の先生に目をみてもらいました。
少し開きかけていました。
そのとき、初めて看たときの印象で先生は目はダメかもしれない、と思ったことを話してくれました。
小さな歯が生えていたので「缶詰などのネコごはんあげていいですよ」とも教えてもらいました。

うちのセンセイは、早く元気になってほしいと鶏のささみをミルクでゆでて、栄養価の高そうな赤ちゃん用のネコ缶といっしょにあげました。

こうしたセンセイとわたしと、ピッキーの3時間ごとの時間が続きました。

部屋にはいると本棚から出てきて、わたしたちを見上げて「ウレシー!」と鳴くようになりました。生きててウレシー!そう言ってました。

1週間が経って、がびがびだけど目がしっかりと光を帯びて、うんちも普通に出るようになり資料室の戸を開けることにしました。

…続く。
(…by こうげん)

もうすぐ1年…フクがわが家にやってきた

いま、うちでセンセイの次に美人!の三毛のフク。
もうすぐ家族になって1年になろうとしています。

昨年の夏、7月5日の早朝、4時くらい、でした。
ポッケがベランダで騒いでいます。隣の駐車場をじっと見てなにかを知らせてくれました。
かすかな子猫の泣き声!が聞こえます。
すぐにセンセイとダッシュ!保護に向かいました。

クルマの下で泣きながら走り回る小さな三毛のコ。周りを探すと段ボール箱にもくったりしたキジトラのコを発見。

連れて帰り、ネコ用ミルクを針なし注射器で口に流し込みました。

フクの目が開いてきた
一週間が経ちようやくフクの目が開いてきた!

朝、近所の動物病院が開くのを待ちきれなくて留守電を入れ、早く開けてもらいました。

キジトラのコはオス。泣くこともしない、相当弱っていたので抗生物質を打ってもらい様子見。さすがに注射針を刺したときは「イタ〜い!」と鳴きました。
三毛のコは両目が飛び出るんじゃないかと思うくらい腫れてまぶたがめくれていました。
お医者さんの話では、環境が悪かったので菌が入ったのだろう、と。それにネコ鼻風邪も引いていました。このコはそれでもミルクも飲んだし、目が開かないのにぴょんぴょん跳ねまわるので、目に薬を塗り込んでもらい、ノミ取りスプレーで身体を揉み、虫下しを飲ませてもらい、ようやく家へ。
どちらのコも体重200g。

お兄ちゃんネコ、ポッケに病気がうつらないよう、このコたちは絵の資料室へ隔離して様子見をすることに。

キジトラのコはミルクはなめるように飲むのでそのうち元気になるだろうとタオルにくるんでナデナデしていました。が、残念なことにその夜、息を引き取りました。

翌朝、保健所へ連絡、担当者が引き取りに来ました。
ノラとはいえどんな扱いをされるのか心配していたら、「亡きがらを大切に扱います」という言葉を聞いて安心できました。

さあ、残った三毛ちゃんはゼッタイ生かすぞ!とうちのセンセイと交代で子ネコの看病生活が始まったのです。

3時間おきに目薬。

この目薬がしみるらしく「イやーっ!」と反応します。

抗生物質を混ぜたネコミルクを飲ませます。

…続きます(…by こうげん)

ぷにゅぷにゅ…肉球

ネコの肉球をさわるとなごむ、とか萌える、という話を聞きます。
たしかに適度にやわらかく、ヒトでいう手の平にあたるところをきゅっと押すと指が開いてパーになる、などいろいろ遊べて楽しい肉球です。

ポッケの肉球
お昼寝中のポッケの肉球

フクの肉球
お昼寝中のフクの肉球

ネコはこの肉球で汗をかいてることをうちのセンセイに教えてもらったとき、内心とってもくやしいと思いました。

わたしは生まれたときには、おばあちゃんがネコ好きだったので家の中にネコがたくさんいました。
この子供時代のネコ観察から、ネコはネコ舌ではない!と思うようになりました。というのは、熱々の鯖味噌煮を鍋からはたき出して、くわえて逃げたのを見たからです。

上京して神田川沿いのアパートに暮らしているとき、もう30年も前の話です。商店街のいろんなお店でそれぞれ名前をつけてもらって可愛がられていたネコがいつのまにかわたしの部屋に暮らすようになっていました。
日曜日に香水の香りをさせて帰ってくるようになり、このネコの首輪にラブレターを結わえ、近所の会ったことのない、おそらく若い女性だろうと堅く信じて伝書ネコにしたことがありました。

娘が1歳のとき、大家さんと共同でネコを飼いました。
ほんとうのところは、そのネコが大家さんとわたしの家を選んで2軒の家を自由に行き来していた、というネコ主導型家選びだったようです。
このネコは外で頭にくることがあると、ベランダから飛び込んできて娘の足を思いっきりかんでウサ晴らしをしていました。

そして今のネコたちといっしょに暮らすようになりました。
このコたちの話は、またゆっくりと書きます。

で、その肉球の話は教わるまで知らなかったのでした。

このネコとの長い人生を送ってきたわたしが、不思議なことに肉球で汗をかいているなど気づきもしなかったのです。

いつも側にいるのに気がつかなかった“肉球から出る汗”、まだ知らないことがあるんじゃないかと思うのです。
(…by こうげん)