小説・ノンフィクション>歴史・時代小説

棒手振りの辰 後編_表紙

痛快!この時代劇が面白い!

棒手振りの辰 後編

山際新吾/著
レーベル/タイクーンブックス
シリーズ/山際新吾作品集
発行/タイクーン
価格/800円(税別)

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著者プロフィール

山際新吾●1960年青森県生まれ。
國學院大學大学院卒。坂口拓史に師事。歴史小説を得意とする。
日本の歴史考証の第一人者。

解説

日本の歴史考証の第一人者である、山際新吾の壮大な歴史小説後編。この小説は剣劇としても面白いことは勿論、江戸の町割、堀割が、さらに江戸の武家・商人の生活様式が蘇ったようによく解る作品になっている秀作である。徳川第十代将軍徳川家治のころ(1700年代後半)、江戸の魚売り・棒手振りと呼ばれた行商があった。魚河岸の若鷹と呼ばれる小太刀の天才、魚辰の辰蔵は極秘で育てられた出生を持つ。次期将軍を巡る暗闘のなか、その出生を巡って騒動が起こった。老中田沼意次、徳川御三卿、幕府お庭番忍者の頭目猿の佐吉ら、時の実力者が、さらに、お庭番に対抗して現れた謎の忍者集団が、その和子の存在を知り陰謀が蠢いていく。さらに辰蔵の出生の秘密を紐解く小刀と八代将軍吉宗が残した紀州藩の埋蔵金のありかを示す割符が盗まれた。

サンプル紹介

 猿と露は田安御門の堀割沿いに広がる、空き地に闘いの場を移し、配下共々闘い続けていた。
 堀割に面した火除け地は、人通りも少なく、長年放置されている。
 この場所を露と猿は、対決の場に選んだ。背丈まで夏草が茂り、周囲に気づかれる心配はない。
「ここで決着をつけるとするか」
 猿と露が草むらのなかに、向かい合って立つ。
 二人の距離は四間。猿と露の双方が片手を上げる。同時に配下たちも闘いを止めた。
「双方、勝った者に従う。異論はないな」
 露が念を押し、見守っている手下たちに視線を向ける。手下たちが皆頷く。
「川獺。前へ出ろ」
 猿に呼び出され、川獺は猿の前に跪く。
「これを、死闘が終わったら、勝ったほうに渡せ」
「ハッ。確かに」
 川獺は表情を変えず、猿からもう一つの布袋を受け取った。
 露は無言のまま布袋を渡す。割符が一つになった。
「これでいいな」
 川獺が露の布袋を受け取るのを見届け、猿と露は対決した。
 猿は脇差を抜き、正眼の構えをとる。露も正眼の構えで応じた。
 夕七ツ(午後四時)。空は朱色に染まり始めていた。手下たちは二人の対決を見守っている。風が夏草の尖った青い穂先を静かに揺らす。二人の額に、脂汗が滲んでいた。
 四半刻、睨みあって動かない。いや、じりじりと間合いが詰まっていったのだ。
 痺れを切らした露が、剣を左上段に引き上げ、同時に突進する。猿は正眼の構えを崩さず、露を迎え撃つ。
「トオー!」
 露は大きく飛びながら上段から、斜め右に斬り下ろす。瞬間猿の姿は、露の視界から消えた。
 塀に跳躍した猿が、宙で一回転し、落下と共に剣先を露の頭に突き立てようとする。
 わずかの差で、露は地面に転がり、相手を失った猿の脇差は地上に突き刺さった。
 猿が地面から刀を引き抜くや、露が襲いかかる。
 猿は紙一重で脇差を躱し、身を後方に反転させた。露は、追いかけ脇差を左右に振りながら、追い詰める。
 猿は寸前に剣尖を見切り、隙を見て反撃に出る。二人の死闘は続いた。
 死闘は半刻に及んだが、決着はつかない。二人とも、全身体に浅傷を負っていた。
「互いに腕は鈍っておらぬな」
 猿が口元に笑いを浮かべている。
「全くだ。昔から剣だけは、互角だった」
 互いに刀を捨て、手裏剣を取り出した。
「これで、決着をつけるしかあるまい」
「望むところ、さあ来い、猿」
 二人とも両手に手裏剣を持ち、上半身を屈ませて、互いに襲いかかる体勢だ。
 二人は二間置いて対峙する。

もくじ

棒手振りの辰 後編

登場人物紹介──4
第三話「亀裂」──7

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