田辺達也
一
流通科学大学白石太良教授* の論文「地域づくり型ミニ独立国運動の変容(Ⅱ)」が昨年九月、同大学学術研究会から発表された。白石教授はミニ独立国の研究で著名な学者である。この論文は、同教授一九九〇年九月発表の、「ミニ独立国運動による地域づくりの現況」、91年九月発表の「地域づくり型ミニ独立国運動の変容」に続く、ミニ独立国研究三部作の完結編になる。
白石教授の論文は、90年三月、全国のミニ独立国203ケ国に対するアンケート調査を基礎データに、併せて膨大な関係資料収集と全国行脚による対面調査の結果をもとにまとめられた。八代には92年三月、来訪されている。
第一部は、アンケート調査結果のまとめ。第二部と第三部ではミニ独立国の変容いわゆる盛衰(第二部は主に衰退、第三部は主に発展)の事例検討が試みられており、優れて示唆に富むものである。
ところで、ミニ独立国運動は、井上ひさしの小説「吉利吉利人」をきっかけに全国的ブームを巻きおこした。そうなると、猫も杓子も、これこそ浮揚策の切り札とばかり狂乱群舞する。とにかく、この十年の間に、何百一千ものミニ独立国・まち興しグループが雨後のタケノコのように芽を吹いた。
しかし大方は「三日か三ケ月か三年」という。この数字は倦怠や低迷や絶縁のサイクルを示すいやな指標で、「閉国・廃国・休国」が続出。近年どうやら「停滞期を迎えている」(白石教授)ようだ。もちろん元気印の長寿国もある。
白石論文にはミニ独立国の在り様がリアルに描かれている。そして運動のあるべき方向もみえている。私は当事国の一員として、この論文を身につまされながら読ませていただいた。
二
白石教授は、ミニ独立国あるいはパロデイ王国について「自らの地域またはグループを独立国と称し、擬似国家の組織や運営をパロデイ化した手法で展開することによって、地域の振興やアイデンテイテイの確立を求める運動である。」と規定されている。
その上で前出アンケート調査からミニ独立国の実情を一見すると、
まず建国の目的には、やや拙速に「経済効果を期待するものが多い」ようだ。大企業本位・大都市一極集中、拝金主義に汚染された大国?日本の現状を色濃く反映するひとつの流れで、過疎地では切ないほどである。しかしその陥穽と限界には教授も深く懸念されている。
次に行政との関係では、三分の二が何らかのかかわりをもっている。資金・資材の援助はいうに及ばず中には行政丸がかえもある。この場合、一過性のカンパニアならまだしも永続性と自主的発展の求められるミニ独立国運動に、もし行政(長)の強い影響や特定政党・政治家の特権がまかりとおるなら、運動の歪みやもろさなど危険性をはらんでいる。
第三に人の問題では「指導性のあるリーダ−とやる気をもった集団が必要である。最も重視されるのは、幅広い視野に立った問題意識と総合的な思考力、その上での独創性に富む実践力」と述べている。これにはコメントの必要はない。
白石教授の結びを意訳すると、
- 1.ミニ独立国運動は、ユーモアやパロデイの要素にもっと高い評価をあたえるべきである。
- 2.地域興しの視点を、「もの=銭勘定」から「こころ=文化」に転換すべきである。
- 3.いまは、地域が自分の顔をもつ努力・地域へのこだわり=個性化(アイデンテイテイ)が要求される時代である。従って、ミニ独立国(運動)は、現代社会において求められている「地域」とは何かを知るきっかけを人々に与えなければならない。
三
自主的な運動には困難はつきものであり、その過程で惰性や不振は免れない。運動体は生きものであるから栄枯盛衰は不可避である。そのことを前提にしても「地域づくりにおける『もの』から『こころ』への意識改革が進むなかで、ミニ独立国運動に見る総合的な『地域』へのこだわりこそが、この運動の今後を決める」という白石教授ご指摘の「地域文化論」は、基本的には運動の成否を占うキーワードになってくる。
白石教授は活動が継続し発展している元気印の事例として、小町の国(秋田県雄勝町)さんさい共和国(新潟県入広瀬村)河童共和国(熊本県八代市)を挙げ、三国に共通する特徴をまとめられている。
それは「地域への愛情と愛着を根底において展開されている」という評価である。
- 1.最も地域らしさを示すものや事がらをシンボルとして見出し、それを強調、時には誇張して押しだしていること。広域の地域文化の裏づけをもって運動を展開している。
- 2.活動の目的が明確にしめされ、しかもそれが主張されている。「なぜミニ独立国なのかの考え方」つまり「思想あるいは哲学」をもっている。
- 3.地域社会に対して自らの立場と主張をつたえ、地域にねざした活動を展開しながら地域との連帯を実現しようとしている。
- 4.必ずしも即効性のある経済効果に期待せず、むしろ社会的・文化的側面を全面に打ちだしている。
四
ミニ独立国運動が全体として停滞期にある中で、白石教授が「その活動に意義を認め、国家を維持している」いわば発展途上国のひとつに、我が河童共和国を挙げ長文紹介していただいたことは大変光栄なことである。
白石教授は河童共和国について、「パロデイの形をとりながら地方文化の再構築をはかるねらいを有しており、地域づくりに方向性を見据えたミニ独立国といってよい」と高く評価し、社会的に極めて有用な存在であることを認めている。特に一九八八年の建国宣言と92年の第四回国民議会の総括(河童共和国の存在意義と活動の成果)に注目されているのは、まさしく慧眼である。
白石教授は、河童共和国には「明確な思想と主張がある」と述べ、「国名にまつわる文化的背景を歴史学や民俗学の立場をふまえて追求し、その住む水環境を人間生活の舞台に当てはめて考え、自らの主張を明らかにする活動に重点が置かれて」おり、地域づくりを経済的浮揚ととらえるのではなく「生活環境や精神的・文化的豊かさと考えている」と紹介されている。
その文化性に注目し、「憲法に感動した」と河童共和国に「いの一番」に入国したのが言葉の魔術師・井上ひさしであった。井上さんは河童共和国建国直後の一九八八年四月二十二日、熊本日日新聞のインタビューに答えて、「いろんな共和国があるが河童共和国には思想があり初めて国民になりたいと思った。シャレと本気のバランスがとれ、まじめに遊んでいる姿勢もしっくりきた」と入国の動機を明快にのべている。河童共和国の面目躍如たるものがある。
球磨川水系上流域の友邦国くまがわ共和国池井良暢大統領の視点も同じである。池井さんは昨年四月十二日、河童共和国国民議会への祝辞のなかで、「多くのミニ独立国が衰退期のなかにあるのに、独りこの国だけは逞しく生き、ひたすら驀進しつづけていることです。何度もくり返しますが、まさに驚嘆に値します。これもこの国のもつ思想性がそうさせているのでしょう」とのべられている。
我々がこれまで運動の王道を歩むことができたのは、ひとえに理念の堅持、八代への徹底したこだわり、たゆみない運動による。そのことを白石論文からあらためて学び確信したしだいである。
*白石太良(しらいし・たろう)氏.一九三七年生.大阪市立大学大学院終了.流通科学大学商学部教授(人文地理学)
一九九三年一月